まぐろぐ-FEHメモ帳

主にFEHの闘技場関連で、査定計算などを取り扱っています。Twitter:kmaguro

暴走アイクを紐解く

 2020年5月8日、新英雄召喚イベント“闇を背負う英雄”にて、暴走の闘気 アイク(以下、暴走アイク)が実装された。三回目の開催を迎え、恒例となったFEHの闇堕ち英雄召喚イベントではあるが、暁アイクの闇堕ちに関しては発表当初から多くのプレイヤーから戸惑いの声が上がり、一部の原作ファンからは「この設定はあり得ない」「グレイルで良かったのでは」といった意見も見られた。何故なら、原作「暁の女神」においてアイクが闇堕ちすることは、一欠片の要素すらもないからである。

 そして実装日を迎え、仲間にした時の台詞や「想いを集めて」のテキスト全文が白日の下に晒されることになったのだが、これらを確かめて感じたのは、「暴走に至るまでの経緯が露骨に暈されている」ことによる違和感だった。Twitterで見られた感想でも、「え、これだけ?」「これは結局何?」という困惑が大きかったように思う。さらに、暴走アイクのロード画面における紹介文と英雄紹介の文面は、5月20日のアップデート時に異例の修正をされている。詳しい経緯は後述するが、これは「開発途中の設定が残っていたため」の修正であり、それ以前には開発途中に消滅した設定が公式設定かのように周知されていたということである。これも暴走アイクの設定を分かりづらくさせてしまった大きな要因だ。

 Twitterのフォロワーはご存知かもしれないが、筆者はテリウス大陸を舞台にした「蒼炎の軌跡」と「暁の女神」の2作(テリウス)をFEシリーズの中で最も愛している。今回の暴走アイクの実装を問題と捉えた人の多さを論じるつもりはないし、主語をいたずらに大きくするつもりはないが、筆者はそう捉えた原作ファンの一人である。筆者がどうしても見過ごすことのできない最大の設定無視は、5月20日のアップデート時に修正されているものの、その修正について公式に言及された記事がない以上、後から経緯を追うのは困難であるし、それによってこの問題を「ifを受け入れられない原作ファンの一部が曲解して騒いだ」というありがちな炎上話に置き換えられるのはどうしても癪である。

  故に今回は、暴走アイクの設定の何が問題で何が修正されたのか、そして結局のところ暴走アイクとはどのような設定背景で実装された英雄なのかについて、一テリウス作品ファンとして、原作の知識が無くとも分かるように解説していきたいと思う。なお、記事の性質上、テリウス作品の物語の核心に迫るネタバレがあることはご承知いただきたい。

 

 

 

はじめに

 まずは資料として、修正された暴走アイクのロード画面における紹介文(当初のもの・現在のもの)と英雄紹介の文面(当初のものはスクリーンショットが残っていなかったため、現在のもの)、そして実装前に公開された、YouTubeでの日本語字幕付きの紹介動画の画像を貼らせていただく。

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ロード画面における紹介文。左側が当初のもの、右側が修正後のもの。

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現在の英雄紹介。修正前のスクリーンショットは残っていなかった。

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YouTubeに投稿された英語による新英雄紹介動画。日本語字幕がついている。
この動画に関しては、2020/09/13現在も修正されていない。

 2020/09/13現在も修正されていない新英雄紹介動画を除いて、暴走の原因が”メダリオンに触れた”→”負の気に呑まれた”に変更されていることが分かる。

メダリオンとは何か?

 メダリオンとは、正式名称を【エルランのメダリオンという。かつて世界を滅ぼした【邪神】が封印されているとされ、時折青白い炎のような光を発することから【炎の紋章】とも呼ばれる。このメダリオンが、テリウスにおけるファイアーエムブレムである。そして、このメダリオンに封印されている”邪神”こそが、FEHプレイヤーにとっては馴染みの深い【負の女神】ユンヌである。

 【正の女神】アスタルテは、自らを過ちを犯さない完全な存在にするため、自らの半身であり「破壊・混沌・自由・変化・未来・謎」を司るユンヌ(元々は暁の女神】アスタテューヌという一つの存在であった)を消滅させようとした。しかし、「半身であるユンヌを消滅させればアスタルテも消滅してしまうかもしれない。人間にはまだ女神が必要である。」という女神の三雄エルランの言葉に耳を貸し、ユンヌをメダリオンの中で眠らせ、自身も1000年の眠りにつくという選択を取った。この時三雄とエルランは、「1000年の後、人間が正しい道を歩んだ―平和と秩序を保って暮らした―と判断したならば、ユンヌをその身に戻す」「誤った道を歩んだならば、人間全てを滅ぼす」という誓約を交わしている。その後なぜ”負の女神”が”邪神”と呼ばれるようになったのかについては、端的に言えば”負の女神”を目覚めさせないために三雄の一人デギンハンザーが偽った方便である(故に、ユンヌは”邪神”と呼ばれることを嫌う。また、そもそもアスタテューヌがユンヌを切り離すことを決意したのは、強すぎる破壊の力が意図せず大洪水を引き起こしてしまったからなのだが、この方便が災いして、ラグズの歴史では大洪水も”邪神”が引き起こしたことになっている)。メダリオンは、周囲の”負の気”に反応して強く光を放ち、大陸全土を巻き込むような戦乱が起きた際にはその中に眠る”邪神”が目覚めるとされている。

 さて、ユンヌを知るプレイヤーはお気づきのように、”負の気”とは決して殺意や悪意、復讐心といった人間が持たざるべき感情のことではない。かろうじて一言で言い換えるならば「戦いの気」であり、テリウスにおいて”正の気”と”負の気”は誰もが両方を持っている。違うのはそのバランスであり、リュシオンやリアーネら鷺の民、ミストは”正の気”が極端に強い。また、例外であるライや鷺の民を除いて、ラグズは”負の気”が強い傾向にある。この設定は、「力の民ラグズは一度戦を始めるとよほどの事が起きない限り途中で止めることが出来ない」という形で、随所で表現される。

 問題なのは、ユンヌが封印されたメダリオンが、手に取ったものの負の気を増幅させてしまうことである。蒼炎の軌跡本編では、終章のアシュナードが最後に手に取り、力を受け入れることで正気を保ったままメダリオンの力を手に入れた。ただこれはアシュナードが負の気の化身のような人物で、負の気に耐性があったこと、想いを集めてで語られたように「力を望み、受け入れた」ことで成し得た現象である。常人ならば、力を畏れ拒絶してしまい、結果として暴走してしまう。何故それが分かるかと言えば、過去に暴走してしまった人物がいたから―――それがアイクの父、グレイルである。

グレイル暴走の経緯

 グレイルの暴走は、彼が雇っていた”暗殺者”フォルカを通してアイクに伝えられる。なぜグレイルはメダリオンを手に取り、暴走してしまったのか。残念ながら語られるのは「手にしてしまった」という事実のみで、その直接的な理由は語られていない。だがその当時の状況から、ある程度の事情は推測できる。ただそれを語る前に、グレイルの過去と、メダリオンが何故その場にあったのかを説明しておこう。

 グレイルは蒼炎の軌跡開始から20年ほど前、デイン王国軍の将軍”四駿”の一人であり、”神騎将”ガウェインと呼ばれた比類なき剣の使い手であった。漆黒の騎士”ゼルギウスは、この頃の彼に剣を師事するが、とある事情から軍を抜けざるを得なくなる。その時の唯一の未練を「上官に師事している剣技を学べなくなること」と語り、事実ゼルギウスは生涯に渡って”師を超えること”を追い求める。そしてアイクは、幼少期からグレイルに剣技の基礎を叩き込まれるが、修行半ばで師である父親を失ってしまう。だが、仇である”漆黒の騎士”の凄まじい強さの中に”師”を見出し、それに近付こうと剣を振るうのだ。アイクとゼルギウスは、同じ剣を追い求め、やがて”蒼の天空””黒の月光”という別の奥義(ゲーム中では蒼の・黒のという名称は使われていないが、月光もゼルギウスのものは専用の効果を持つ)に辿り着き、お互いを除いて並ぶものがいないテリウス最強の剣士となる。”決着”の後、これについて語る両人のやり取りが実に素晴らしいので、あえてそのまま引用させていただく。

[アイク]
あんたの剣技は凄まじかった。
俺の知る誰よりも恐ろしく強かった。
あの戦いから後は、
俺はいつもあんたの剣を振るう姿に
近づこうとして…修行を重ねた。
[ゼルギウス]
当然だ…
私が剣の指南を受けた頃の
ガウェイン将軍は
比類なき強さだった。
あの方を超えることが…
私の剣の…終着点だった……
[アイク]
俺は…あんたの剣を通して
一番強かった頃の
親父の剣を見ていたんだな。
[ゼルギウス]
感謝する……
貴殿のお陰で…私は
あの頃の師と戦うことができた……
[アイク]
漆黒の騎士ゼルギウス。
あんたは、親父の仇……
そして、俺の師だ。
(暁の女神 第4部終章Area2より)

 このやり取りから、 ”神騎将”ガウェインの強さは、暁の女神終章における”神将”アイクと同格と捉えて問題はなさそうだ。無論、ゼルギウスは師を超え、アイクもまたそれを超えたと捉えるのも自由だと思う。

 20年前に話を戻そう。当時デイン王国のパルメニー神殿には、当時は王子の一人だったアシュナードの手により、白鷺の第二王女・リーリアが幽閉されていた。森から離れて幽閉されていたリーリアは衰弱してしまっていた上、元々現代語を話すことが出来なかったが、世話係の少女・エルナと心を通わせる。リーリアは死の間際、青い髪・青い瞳と、ベオクでは大変珍しい清い心の持ち主であるエルナに
メダリオンとある歌の旋律を託す。メダリオンエルランから鷺の民に託され、邪神の復活を目論むとある賢者の手引きで、当代の持ち主である白鷺王族リーリアと共にアシュナードの元へ連れ去られていたのだ。お分かりのように、エルナはアイクとミストの母親となる女性で、青い髪・青い瞳はアイクに、清い心ととある歌の旋律はミストに、それぞれ受け継がれている。

 メダリオンを託されたエルナは亡き父を通じ親交のあったガウェイン(許婚であったという記述が見られることもあるが、公式の資料でその表現は見つけられなかった)に相談し、ガウェインが前々からアシュナードに不信感を抱いていたことも重なり、二人はデインから逃亡することを決める。この過程でガウェインはグレイルへと名を変え、デインからの追手を退けながら、彼らはガリアへと辿り着き、そこで産まれた子がアイクである。グレイルと当時クリミア-ガリアの交流武官であったティアマトも、このガリア滞在中に知り合っている。留意しておきたいのは、リーリアとエルナは直接言葉を交わしたわけではないということと、メダリオンを取り返そうとするデインに追われているということである。触れてはいけないということはなんとなく分かっていただろう(あくまでも戦争中という状況ではあるが、蒼炎の軌跡本編においてプラハは禍々しいオーラを感じ取っている)が、触れればどうなるかがエルナとグレイルに正確に伝わっていたとは考えがたい。さらに言えば、末端であるデインの追手は知る由もない。ここで、フォルカの話を引用する。

[フォルカ]
グレイル殿の場合…あの人はケタ違いの剣使いだったらしいからな。
20人はいたという追っ手を――
どいつもたいした手練だったろうが――
一瞬のうちに葬り去り、果てには、自分達を匿ってくれた
村の住人を次々と手にかけていった。それを止めるために…
あんたたちの母親は、危険を顧みず我を失った夫に駆け寄った。
(蒼炎の軌跡 19章 託されしものより)

 これは筆者の推測でしかないが、グレイルは一度エルナの手から奪われてしまったメダリオンを取り返そうとして、やむを得ずメダリオンに触れてしまったのではないかと思っている。第一例であったために、それが軽率だと分かったのは後になってからだったのだろう。その後、ミストにはメダリオンをむやみに人に見せないことと、アイクには触ってはいけないことを伝えている。それが分かるのが以下の会話である。

[フォルカ]
……あの子は大丈夫だからな。
いや、あの子じゃないと駄目なんだ。
その証拠に、おまえさんは1度もあれに触れたことがないだろう?
[アイク]
……確かに、ない。
かなり昔…ミストの手にあったのを触ろうとして……
親父に…ひどく殴られて…それからは、なんとなく…
俺が触れてはいけないものなんだと思っていた…
(蒼炎の軌跡 19章 託されしものより)

  厳しくも優しい父親が、触ろうとしただけで幼少の自分をひどく殴ってきた。今の時勢で良い表現なのかは分からないが、絶対に触ってはいけないものだと理解出来たことだけは間違いない。

エルランと神使ミサハ

 あえて説明を省いたが、メダリオンの本来の持ち主であるエルランは、鷺の民(黒鷺)であり、”呪歌謡い(ガルドラー)”であり、三雄の一人オルティナの”夫”であった。女神の声を聞くことや、女神を正当な方法で目覚めさせる”解放の呪歌”も、本来ならば彼の役目だ。しかし彼は、オルティナとの間に―ベオク・ラグズの夫婦間で史上初めてとなる―子が出来たのを機に、化身能力と”呪歌謡い”としての能力、女神の声を聞く能力の全てを失ってしまう。これはアイデンティティの喪失であり、ほぼ全てのラグズにとっても同じことが言えた。そのため彼は、”生涯でたった一度の嘘”をつくことを決意する。すなわち、自分を死んだことにし、オルティナの懐妊も誤りだったと発表し、歴史の表舞台から消えたのである。オルティナは別のベオクの男と結ばれ、オルティナとエルランの子はその二人の子、つまり純粋なベオクとして育てられることになる。なお、ベオクとラグズが結ばれること・子ができることはどちらも非常に稀であったが、その後も何度か起き、いずれもラグズ側に同じ現象が起きたため、同じ対処をすることに反発する者は誰もいなかった。この時、自らが役割をこなせなくなったことで、メダリオンは”呪歌謡い”の能力を持つ同族である鷺の民に託されている。しかし、鷺の民にできるのは”微睡の呪歌”を聞かせてメダリオンの負の気を和らげることだけで、女神の声を聞くことはできないし、女神を目覚めさせる”解放の呪歌”は本来エルランにしか歌うことが出来ない。そのため伝えられたのはその旋律のみであり、アシュナードはリーリアに解放の呪歌を歌うことを迫ったのだが、これは不可能であった。

 だがその後、女神の声を聞くことのできる者が生まれる。オルティナとエルランの孫に当たるヨーラムである。エルランの能力は、子が出来たことで”失われた”のではなく・・・・・・血と共に受け継がれていたのだ。歴史上初めて確認された”印付き”であり、その能力からヨーラムは、ベグニオン王国において、王とは異なる”神使”という位に就く。だが国民は”神使”が”印付き”であるという事実を知らず、他の”印付き”は”ベオクと同じ外見で何かが異なり、寿命や成長速度もベオクのものではない”という理由で、ベオクからもラグズからも迫害されるようになっていく。そしてエルランは、自分の能力が血と共に受け継がれていたという事実を知らない

 ベグニオン王国は本来ベオクとラグズが交互に王となる指名制(初代女王はオルティナ、二代国王は三雄の一人獅子ソーン)であったが、神使の能力を理由に次第に元老院を中心とするベオクが優勢となり、後にベオクとラグズの内乱決着を経て、神使が皇帝を兼ねるベグニオン帝国へと生まれ変わる。女神の封印から約150年、ラグズの隷属の歴史の始まりである。さらに160年の後には、ベオクは自らを女神アスタテューヌの時代に存在したラグズとベオクの祖先、”完全なる民”マンナズを模して、”人間”と名乗り始める。そしてラグズを”半獣”と呼んで蔑み、ラグズもまた驕り高ぶる”人間”を(ベオクには聞き分けられない同じ発音で)”ニンゲン”と呼んで蔑んだ。この頃エルランは、三雄の一人デギンハンザーが建国した、竜鱗族の国ゴルドアに身を寄せていた。竜鱗族は自らを大陸最強の種と称し、事実平均で1000年を超す規格外の寿命と凄まじい戦闘力を持つ。そのため、独自の国を作り絶対中立と閉鎖的な国交を保ってきた。ベグニオン帝国で隷従を強いられる同胞ラグズを目にしてもそれは変わらず、エルランは無力であることを知りながら再びベグニオンへと向かおうとする。

 転機となったのは、ベグニオン帝国36代皇帝ミサハによる奴隷解放宣言である(もっとも、この奴隷解放宣言の後も、腐敗した貴族はラグズを奴隷として屋敷で密かに働かせていたのだが・・・・・・)。この時期にエルランはミサハと謁見することができ、神使が代々自身の能力を受け継いできたことを知る。そしてミサハは先祖と会えたことで、自身に流れる血が恥ずべきものではないと確信し、神使である自身が”印付き”であることを国民に公表しようとする。当然それは元老院にとって絶対に避けたいことで、どのような危険が及ぶかわからないと諭すのだが、ミサハはオルティナの意思の強さをも宿していて、決意が揺らぐことはなかった。エルランにとって再び灯った光そのものであった。

セリノスの大虐殺

 しかし、エルランの懸念は最悪の形で現実のものとなってしまう。元老院の手で神使ミサハと、同じ能力を持つ孫娘が暗殺され、あろうことかその罪をセリノスの森で暮らす鷺の民に押し付けてしまった(鷺の民は心を読む能力を持つため、真実を隠蔽したい元老院にとって特別に不都合だったという見方もある)のだ。鷺の民は争い事を好まぬ種族で、ベグニオン帝国建国にまつわる内乱にも参加しなかったことからラグズでありながら奴隷として扱われることなく、独自の王国を築いていた。当然それはベグニオンの国民なら誰でも知っていることで、冷静に考えれば神使暗殺に加担するなど有り得ないことだったのだが・・・・・・神使ミサハが民に特別に敬愛されていたことが裏目に出てしまい、ベグニオン国民によるセリノスの大虐殺が起こってしまう。エルランはすぐさまその場に駆けつけるのだが、メダリオンと共に横たわるリーリアを見つけることが出来たのみであった。エルランはこの日、同族である鷺の民と新たな光であるミサハを同時に失ってしまい、絶望する。そして彼は1000年の時を待たず女神を目覚めさせ、ベオクとラグズの全てを無にすることを決意する。アシュナードを手引きし、デイン王族の滅亡・アシュナードの即位・メダリオンとリーリアの強奪の全てを招いた、邪神の復活を目論むとある賢者とは、他でもないエルランだったのである。

 その後、ベグニオン帝国では暗殺されたミサハの孫娘の妹にあたる、幼いサナキが即位するのだが、その傍らには帝国宰相となり後見人となった賢者の姿があり、サナキが神使としての能力を持っていないことは最初から気づいている。だが、失われたはずのその能力を持つ少女がデインに現れ・・・・・・というのが、暁の女神の導入でもある。

”アイク”が”メダリオンに触れた”ことの問題点

 ここまで、テリウスのメダリオンに関わる舞台背景を包み隠さず解説してきた。ここからは話を戻し、”アイク”が”メダリオンに触れた”とする設定の問題点に切り込んでいく。

その1:時系列の問題

 第一の問題は、暴走アイクが伝承アイクと同じ”神将”の衣装を着ていることである。神将とは、メダリオンから解放されたユンヌの加護を受け、アイクがクラスチェンジを果たした姿である。ということは、アイクが神将となる頃にはメダリオンにユンヌの姿はなく、メダリオンに触れたとしても暴走することは有り得ない

 実はメダリオンによって暴走したアイクは、FEHに先駆けてカードゲームのサイファにおいて登場している。

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ファイアーエムブレムサイファ 悪夢の暴勇 アイク

 このアイクを擁護するわけではないが、このアイクはクラスチェンジを果たす前の勇者の姿で描かれている。これならば、少なくとも時系列上はユンヌの封印されたメダリオンが”存在はする”ので、時系列上ありえないとまでは言えない。また、悪夢の暴勇という肩書から察するに”誰かの思い描いた悪夢”であるという逃げ道も残している。またそもそもサイファはゲーム中に登場するバグ技をコンセプトにしたカードも登場しているし、半公式半同人といった印象が強い。FEHでは、異なる世界線とは言え、実在する可能性として召喚してしまっていることと、神将の衣装を使ってしまったことで、これらの言い訳が通用しなくなっている印象が強い。

 ただこれについては、2つの解釈がある。1つ目はシンプルに、メダリオンに触れたことでユンヌの加護と同質の力を得て、同じ衣装になったという考え方。2つ目は、神将の衣装まで含めて”暁アイク”という記号であり、”暁アイクが暴走していること”を表現するために同じ衣装にしたという考え方だ。無論、ゲームの登場人物が常に同じ見た目だからといって、ずっと同じ服を着ているという解釈をするのはバカバカしい。それでも、神将の姿は特別なものだと思うのだが、開発は同じ衣装を着せることに抵抗はなかったのだろうか?

その2:物理的な問題

 第一の問題については解釈次第でどうにか解決されたものとして、次に問題視すべきなのは暁の女神において”アイクとメダリオンに物理的な接点がない”という問題である。

 メダリオンの本来の持ち主はエルランで、エルランから鷺の民に託されたというのは説明した通りなのだが、鷺の民はメダリオン”一族の宝”として扱っている。そのため蒼炎の軌跡終章においてアシュナードからメダリオンを取り戻したアイクとミストは、セリノス王族の生き残りであるリュシオンとリアーネにメダリオンを返却している。返却されたメダリオンは、幻の王国ハタリで生存していた第一王子ラフィエルを加えた白鷺王族3人の手で保管され、基本的には戦場から遠く離れたガリアの地にある。そこでは当然大陸屈指の実力者であるカイネギスの目もあるし、アイクが仮に力を求めたからと言って軽々と触れるはずがないのである。唯一触る機会があるとすれば第三部終章”目覚めの刻”の解放の直前であるが、この場面でもメダリオンは戦場から離れた地に置かれている。側にいる妹が持っていた蒼炎の軌跡の時期とは、全く状況が異なるのだ。

 考えられるとすれば、何者かの手によってアイクの意思とは関係なく”誰かが””何らかの理由と手段で盗み出し””アイクに無理やり触らせた”というところになるが、それができる実力・動機・手段のあるものがいない。やはり無理筋なように思う。

その3:心情的な問題

 最後に挙げるのが、アイク自身がメダリオン絶対に触ってはいけないものだと理解していることだ。はっきり言って、 前に挙げた2つの問題点はこれに比べればどうでもいい。散々前置きした通り、メダリオンを持ったことで父グレイルが暴走し、母を殺害してしまったことを暁のアイクは知っているし、それがなくとも幼少の頃からメダリオンに触ってはいけないことを身を持って知らされているのだ。

 そしてここでもう一つ、アイクの、筆者が最も好きな台詞を引用する。

[アイク]
…幼い頃から、親父に基礎を叩き込まれた俺の剣技は……
極めれば…誰にも負けるはずがない。
(蒼炎の軌跡 27章 宿命の刻より)

 この台詞はアイクが父の仇・漆黒の騎士と決着をつけようとする場面のものである。この後には、「貴様の父を倒した私に同じ剣技は通用しないとは考えなかったのか」「親父は利き腕を封じていた」「そういうことか」という旨の問答が続く。筆者がこの台詞を好きな理由、この台詞の本質は、”仮に敗れたとしても、それは親父から受け継いだ剣技を完成させられない俺自身の未熟さが原因である”という考え方にある。”俺”が負けるはずがないのではなく、”俺の剣技”を極めれば、すなわち”親父の剣技”は負けるはずがないのである。現実として親父は目の前の相手に敗れたわけだが、それは後にフォルカからの伝聞で利き腕の筋を傷つけていたからだと分かり、”我が師”がこの程度のはずがないと思っていたゼルギウスをも狂喜させている。二人にとってグレイル(ガウェイン)は死してなお最強の存在であり、大陸中を巻き込む戦乱の中にあっても、グレイル(ガウェイン)の背中こそが常に超えるべき目標だったのだと思う。

 ”強さが足りない”とアイクが感じた時、彼が取る選択肢は剣の腕を磨くことと、剣を振るう体を鍛えることしかない。蒼炎の軌跡において、プレイヤーの選択によっては剣技を完成させるために剣聖ソーンバルケに剣の指南を乞うこともあるが、アイクが修錬以外のなにかに頼って強さを得ようとすることはないのだ。父の教えと、それによって培われたアイク本人の気質両面から、アイクがメダリオンに触れようとしないことは断言できる

メダリオンに関する結論

 以上を踏まえて、アイクが、メダリオンを手に取る事はあるだろうか。筆者は、絶対にないと言い切れる。アイクはメダリオンに触れても暴走しないのではない。アイクがメダリオンに触れれば、当然暴走する。しかし、暁の女神のアイクはメダリオンに触れないし、触れる機会もないのである。

 一度でもこの設定を公開したことは許しがたいことではあるが、開発陣もそれを分かっているからこそ、前代未聞ではあるがメダリオンに関する記述を修正した。その点には一定の評価をしておきたい(この件に関しては、「アイクはメダリオンに触れないという点は、お客様の考えている通りです」というカスタマーサポートからの回答も頂いている)。

修正後の暴走アイクとは、どのような存在なのか

 ある意味、ここからが本題であるとも言える。メダリオンに関する設定は綺麗サッパリ消滅したが、ならなぜ、(メダリオンなしで)アイクは暴走してしまったのだろうか。”負の気に呑まれた”とあるが、アイクにそれは起こりうるのだろうか。結局の所、FEHの暴走アイクとはどのような存在なのだろうか。次はそこを紐解いていく。

負の気に呑まれるとはどのような現象か

 ”負の気に呑まれる”とは、周囲に漂う負の気によって本来の意識を保てなくなること全般を指すと考えられる。

 原作中にこの現象が明確に起こっているのは、暁の女神 第3部 終章 目覚めの刻である。その名の通り女神が目覚めるに至る章であり、アイク率いる連合軍と、ミカヤ率いるデイン軍が激突する総力戦となる。そしてこのマップでは、敵味方両軍を合わせた”キルカウント”が増えるごとにイベントが挿入されるという、特殊な形式で進行する。作中最も戦場に負の気が満ちる場面であり、10カウント目ではライがそれについて言及、20カウント目ではメダリオンを微睡の呪歌で抑えていたリアーネが倒れ、25ターン目には竜鱗族の王子であるクルトナーガが意識を失いかけている描写がある。なお、竜鱗族は正の気の強さに関する言及はないものの、気を感じ取る力に関して獣牙族の中で優れた猫の民以上、その上を行く鷺の民と同等か、それ以上と言われている。

 [ライ]

くっ… きついな……
【負】の気がまとわりついて……
(暁の女神 第3部 終章 目覚めの刻より)

[クルトナーガ]

体が…熱い……息ができ…ない……
これが…戦い…………い……意識が……
だめだ…もう……いやだ…誰も……
近寄らないで………私は…戦いたく…な…い……
(暁の女神 第3部 終章 目覚めの刻より)

  そしてキルカウントが80に達した段階でミストが倒れ、戦闘マップは強制終了となる。また、戦場にいた鷺の民のリュシオン・ラフィエル両名もこのタイミングで倒れている。クルトナーガを除く全員に共通するのは「正の気が強い」と明言されていることであり、クルトナーガも性格やこの時の描写から見て正の気が強いであろうことは想像が付く。また、発言内容から分かる通り、クルトナーガが戦場に出たのはこの時が初めてである。これは負の気に慣れていないことを意味するのだが、戦場に出る機会の多かったリュシオンと、少なかったリアーネ・ラフィエルでは失神後目が覚めるまでの時間が異なっており、クルトナーガが負の気の影響を強く受けた一因だろう。ちなみに、エリンシアもライと同じくかなり正の気が強いのだが、この時エリンシアはアイクから和平の際の仲裁役として戦争に関与しないで欲しい旨を頼まれているため、離れた場にいて影響を受けていない。

 以上のことから、正の気が強い者が負の気に呑まれた場合、ラグズ・ベオクを問わず気分が悪くなり、極端に正の気が強い・負の気への耐性がない場合、意識を失ってしまうことが分かる。逆に、多くのラグズのように負の気が強い者の場合の影響は、暁の女神 第3部 4章 名将の一手でのライとティバーンの言及が詳しい。

[ライ]
…これはもう、種族差としか説明のしようがないんだが……
オレたちラグズは、戦闘能力に重きをおいて進化してきた種だからな。
一度戦いだしたらおいそれとは収まらないんだ。
目の前の敵を倒すこと以外、何も考えられなくなる。
平時なら、「化身」を解けば少しは冷静に戻れるんだけどな。
こう戦い続きだと、気分の高揚を静めることは難しい。
[アイク]
……そうか。だったら鷹王、あんたのところもそうなんだな?
[ティバーン]
ああ。ここで戦いを止めさせるなら…
1人ずつぶちのめして気でも失わせねえ限りは無理だろうぜ。
本来、鳥翼は獣牙ほどじゃねえんだが、今回はこっちもかなりきてるからな。
(暁の女神 第3部 4章 名将の一手より)
 戦いの中で、基本的に負の気の強い獣牙族は、戦いを自分の意思で止めることが難しくなってしまう。これが戦いがさらに激化した戦場―目覚めの刻の直前に当たる―暁の女神 第3部 13章 血の代償になると、以下のようにより極端な現象が起きるわけだが・・・・・・。実はここで拾っておきたいのは、ティバーンの最後の発言「本来、鳥翼は獣牙ほどじゃねえんだが、今回はこっちもかなりきてるからな。」である。実はこの時、ティバーンは鴉の民の国キルヴァスの裏切りに会い、ベグニオンによって祖国フェニキスが滅亡寸前まで追い込まれている。このことから生き残った鷹の民はベグニオンとキルヴァスへの報復を掲げ、全員が殺気立っている。これは本来の負の気・正の気の強さのバランスとは別に、その時の本人の気持ち次第で、負の気に呑まれやすくなることがあるという貴重な証言である。
[ライ]
戦場に渦巻く【負】の気が強すぎて……
ラグズの兵たちに影響がでてきた。
[アイク]
おまえ、顔色が……
[ライ]
あぁ、我ながら…ぶっ倒れないのが不思議なぐらい
気分が悪い。
けど、これはオレが特異なだけで……
他のほとんどのやつは、暴走のほうへ進んでってる。
[アイク]
といって、ここでやめるわけにもいかんぞ?
[ライ]
わかってる。
ただし…敵将に手出しするなって命令はもう意味をなさないだろう。
ラグズ兵に見つかれば、確実に殺される。それを伝えときたくて。
(暁の女神 第3部 13章 血の代償より)

  先述した通り、この場面は目覚めの刻の直前に当たるのだが、ここで明確に「暴走」というキーワードが出ている。メダリオンに触れずとも、負の気に呑まれることで「暴走」し、「命令(本人の意思)を無視して殺す」ことが起こりうるという言質である。

ベオクであるアイクに、負の気に呑まれることのよる暴走は起こりうるか?

 結論から言えば、ベオクでも負の気に呑まれることによって暴走する可能性はあると言える。なぜなら、負の気の影響によって正の気が極端に強いミストが倒れているからである。ならば逆に、負の気が強いベオクならば暴走は有り得る。ただ、ベオクはそもそも気を感じ取る能力に劣る種族であり、本編中で負の気によって暴走側に進んでいるような人物はいない(別作品であれば、烈火の剣の”剣魔”カレルは見事に同じ症状なのだが・・・・・・)。

 また、目覚めの刻においてアイクは戦場の中心にいるわけだが、80キルカウントを迎えても全く影響を受けている様子が見られない。少なくとも、暁の女神本編世界のアイクは負の気に呑まれることはないと言い切って良いだろう。

本編世界とは別の世界線のアイク

 メダリオンに触れることは有りえず、負の気に呑まれることによって暴走することもない。ならば、この暴走アイクは一体なんなのか。筆者が出した結論は、「本編世界とは異なる経験を積んだ、別の世界線のアイク」である。

 突拍子もない説に思えるかもしれないが、FEHにおける数少ないテキストの中に、そのヒントがある。想いを集めて 血と鉄の彼方に 暴走の闘気 アイク 支援Aのセネリオの発言である。

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想いを集めて 血と鉄の彼方に 暴走の闘気 アイク 支援A

 この場面は、冒頭から繰り返し”セネリオの見た夢”という体で話が進む―というより、この想いを集めて自体が「暴走アイクはただの悪夢なのか?と思いきや・・・・・・」と暈す形で終わる―のだが、台詞に関しては見逃してはならないものがある。「アイクがグレイル団長の仇、すなわち漆黒の騎士に遅れをとった」である。

  アイクと漆黒の騎士の対決は、暁の女神においては第三部7章 両雄、相打つでの再会時(撃破が可能だが、お互いにこの場での決着を本意としないため、決着をつけない)と、終章でのどちらかの死をもって決する戦いのみとなるが、蒼炎の軌跡においては最大で4回存在する。そのうち、11章 流れる血の色はでの港町トハでの戦いは正規の方法で生き残れる可能性は0に近く、挑んだとしても「愚か者め」と嘲笑され、生き残ったとしても「……ほぅ かわしたか。だが…次はどうだ?」と次撃での確実な死を予感させられる。通常プレイではゲームオーバーとなるため、戦っていたとしてもノーカウントとされている。また、24章 戦場の再会でのデルブレーの戦いは正規の方法でも十分にアイクの生存が可能であるものの、戦闘を行わなかった場合のイベント戦闘と同じく、神剣ラグネルを使わなかったことからダメージを与えられず、そのことを漆黒の騎士に告げられて勝負はお預けとなる。

 残るは、7章 漆黒の魔手でグレイルが漆黒の騎士に敗れたあとのシーンと、度々挙げた27章 宿命の刻の決戦の場面である。ただ、前者はグレイルが逃げろと言ったにも関わらず漆黒の騎士に挑み、手心を加えられて一蹴されるというシーンで、「遅れを取った」などと言えるような実力差ではない。文字通り、相手にもされていない。そして、アイクはグレイル団長の仇を知っていることを周囲に話していない。仇を知っていることを告げたのは22章 一人、歌うのクリア後であり、セネリオだけは薄々感づいている節もあるが、ティアマトやミストがグレイルの仇=漆黒の騎士であると知るのは更に先である。この時点でアイクが漆黒の騎士に遅れをとったと言えるはずはない。つまりセネリオが言う「遅れをとった」のは、27章 宿命の刻であると断定できる。

 なお、このセネリオは、実装の都合上蒼炎の軌跡からの出典となっているのだが、蒼炎の軌跡暁の女神で大きく変化したアイクの容姿を見て驚いていないこと、とある事情からセネリオ自身が容姿のほとんど変化しないキャラクターであることを踏まえると、FEHには実装されていない暁の女神出典のセネリオを、便宜上蒼炎の軌跡のグラフィックで代用しているものと考えて良いだろう。

宿命の刻で、漆黒の騎士から敗走したアイク

 未プレイの方に向けて説明すると、宿命の刻の後半では、アイクが漆黒の騎士と一騎打ちをすることになる。どうしても側を離れられなかったミストが回復役として同行し、漆黒の騎士側も配下の数名が同行しているのだが、手出し無用の戦いである(ミストで回復が可能なのはゲームバランス上の都合が大きい)。このマップはアイクが十分に育っていれば撃破が可能なのだが、そうでなければ性質上撃破不可能となってしまう。そのため、事前にティアマトに説得されている通り、勝てる見込みがなければ「逃げる」という選択肢を取る事ができる。もっとも、逃げようとしたところを挑発されて再び挑もうとするのだが、そこでとある人物が現れ、捨て身の特攻でナドゥス城が崩壊し、漆黒の騎士は瓦礫に呑まれて出番を終える。アイクが勝った場合は問答の後、デイン兵が仕掛けを作動させ、やはり城が崩落して漆黒の騎士は瓦礫に呑まれてしまう。

 つまり、結果としてはどちらでもアイクが生存してシナリオが進行するのだが、暁の女神―正史―において、この対決はアイクが勝利したことになっている。この場面での漆黒の騎士は鎧に精神を乗せただけの存在で生身を伴っておらず、本来の実力を発揮できていなかったことも後に明かされるのだが・・・・・・。正史のアイクはこの時戦った漆黒の騎士の中に、後に戦うアシュナード以上の強さと、父親の仇以外の何か―自身が見たことのない、一番強かった頃の親父の剣―を見出し、真っ直ぐに修練を重ねて行くのは先に語った通りである。

 さてこの場面で、遅れを取った、すなわち敗走を選んだアイクの将来を想像するとどうだろうか。まずアイクは自身の力で父親の仇を討つという悲願を達成できていない。また、アイクはこの死闘を通じてゼルギウスの中に一番強かった頃の親父の剣を感じ取るので、命を賭けずに敗走したのであればその段階に至っていない可能性が高い。そして、自らが磨いてきた親父の剣技は、親父の仇に通用しなかった。果たすべき悲願を果たせず、目指すべき目標も見えなくなってしまった中で、力のみを求めて3年間を過ごしたアイク。先のティバーンの発言の件で、本来の負の気・正の気の強さのバランスとは別に、その時の本人の気持ち次第で、負の気に呑まれやすくなることがあると述べた。このような精神状態であれば、ベオクのアイクが負の気に呑まれて暴走するということも、有り得るのかもしれない。

 

おわりに

 以上のように、筆者はこの暴走アイクを蒼炎の軌跡 27章 宿命の刻にて、漆黒の騎士から敗走したアイクが、目指すべき目標が見えなくなったまま力を追い求め、負の気に呑まれてしまった姿」と結論付けた。

 だがしかし、 それは出典である暁の女神開始”以前”からのif設定を使った別の世界線のアイクであり、暁アイクのアイデンティティを根本から捻じ曲げた姿であることを意味する。それを暁アイクと呼んで良いのであろうか。同じ衣装を着た、同じ名前の別人、という見方をする他ないのではないか。

  この暴走アイクの実装を喜ぶユーザーの気持ちを否定するつもりはない。全てのファンの期待に沿う実装が夢物語だということも分かっている。だが、このような筆舌に尽くし難い形での実装が、最後まで読んでいただいた読者の方々の好きな作品・好きなキャラクターで起きないことを願うばかりである。

 (9/14追記)
 重要なご指摘をいただいたので、アイデンティティに関する記述について追記を行う。ここでいう同一性はあくまでも”暁”アイクに関するもので、”アイク”に関するものではない。”if設定で登場しているから同一性がない”というシンプルで極端な考え方ではないし、”暁が正史だから敗走したアイクの将来は有り得ない”という考え方でもない。筆者は超英雄に関しても好意的な意見を持つことが多い。ただ、「”蒼炎”アイクを”暁”アイクにしたのは漆黒の騎士に勝った後の3年間があったから」という個人の考え方に基づくもので、そこを捻じ曲げて成長させたアイクを”暁”出典のアイクとして表記することに今でも抵抗がある、ということである。尤も、これは元々メダリオンで暴走させる予定であったアイクを設定に無理があるという理由で後から設定変更した故の弊害であろうし、それ以外の表記方法を取ることは難しいとも思うので、仕方がないと思うほかない。理想としては、メカギルギルガンのように(これで伝わる人がどの程度いるのかは分からないが)、原作出典のキャラクターを題材とした”オリジナル設定のキャラクター”であることをはっきりと明記して登場したのであれば、もう少し受け入れやすかったのかもしれない(繰り返すが、設定変更の弊害であることは明らかなので、仕方ないと思うほかない)。

 (9/15追記)

 暁の女神におけるアイクと漆黒の騎士の対決機会について、脱落があるとのご指摘をn(念の為伏せている)さんより頂いたので一部を修正(本筋に影響はない)。この記事のコメントは非公開とする方針なので、こちらで失礼する。また、同じ方から蒼炎の軌跡におけるフォルカのクラスチェンジ時の

あんたも、俺と契約するか?
いつか来るかもしれない自分の暴走のために、俺を雇っておくと便利だぞ。
(蒼炎の軌跡 19章 託されしものより)

 という発言についての言及がないことについてご指摘を頂いた。この場面はプレイヤーによる選択式で契約の有無を選ぶことができ、契約すればフォルカがクラスチェンジをすることになる。


 確かに、この時点でアイク本人がメダリオンを原因とした自身の暴走の可能性を0と考えているなら、暴走時の保険を理由にした契約の選択肢が現れること自体が矛盾しているという考え方は、一見出来なくはない。だが、そもそもグレイルがフォルカと同様の内容の契約したこともそうだが、この自身の暴走時とは本人の意思に関係なく”誰かが””何らかの理由と手段で盗み出し””無理やり触らせた”という状況を想定していると考えられる。暴走アイクがメダリオンを原因とした暴走でない理由としてこれを否定した際には、それをできる実力・動機・手段のあるものがいないと述べた。それはあくまでプレイヤー視点でこの時代のテリウス大陸全てを見通して初めて言えることであって、グレイルやアイクが「それを可能とする人物が存在するかもしれない」と考えて備えることは、何ら不自然ではないと考える。現に、この時点のアイクならばアシュナードを初めとして該当者は存在するだろう。

 なお、フォルカは仕事のかけもちはしないとユリシーズとの支援会話で語っているが、同時にもうすぐ契約が終了するとも語っている。これがシナリオ上無視せざるを得ない矛盾点でなく、暴走時の保険を仕事と捉えるならば、アシュナードの敗北と同時にアイクがメダリオンで暴走する危険性はなくなるという判断をしていたのかもしれない。実際に暁の女神での再会直前までフォルカはユリシーズから請けた仕事をしており、再開時にフォルカはアイクを久々に見たという発言をしているため、蒼炎→暁の3年間に暴走時の保険の仕事が果たされていた可能性はなく、契約はアシュナードの敗北と同時に終了しているもしくは正史では契約が行われなかったのだろう。フォルカの人間性を踏まえると、「万に一つしか暴走の可能性はないだろうが」という冗談として契約を提案し、アイクの勝利を見届けて万に一つもなくなったと判断して契約を打ち切った流れは、個人的には想像が付きやすい。

あとがき

 なお、ファイアーエムブレム 蒼炎の軌跡および暁の女神は、プレイできるハードが限られることやソフトの流通量の問題からプレイすることは難しい。そちらについてはバーチャルコンソールの今後の発展に期待するとして、この記事に使用した情報の多くは両作品の設定資料集であるテリウス・リコレクションの上下巻にも収録されている。ゲーム設定についての充実した内容だけでなく、北千里先生の美麗な全身イラストが見られる資料でもある。こちらは、書店において意外と埋もれているケースもあるので、見かけることがあればぜひ購入をオススメしたい。

 

 

 ここから先はチラシの裏となる。

 この設定変更騒動は、そもそもの発端として、「人気キャラのアイクが暴走した姿を出したい」「テリウスには、触れた者が暴走するメダリオンというアイテムがある」という単純なコンセプトから登場が決まったことを感じてしまった。ファンからするとそれらの要素は決して結びつかない物なのだが、それが分からない者が開発内で強い力を持っていることに関して強い失望の念を禁じえない。幸いにしてそこについてはやはり無理があると踏みとどまったことに一定の評価はしたい。けれども、出来上がったテキストを全文拝読して一番強く感じたのは、「有り得ない設定で提案されたキャラクターをどうにか実装できる形に持っていく仕事を任されたライターさん、ご愁傷さま」だった。